実は、このお店は以前は別の場所にありました。
京都市内ではなく、宇治市大久保駅前で40年ほど続いた古い喫茶店だったのです。
町の再開発により、現在の場所へ移転してきました。店内の調度品のほとんどがその頃の物ですから、40年以上使い続けていることになります。だから建物の古さと相まって懐かしい空間を形成出来ているのです。
では、「九里九馬」とは?
今の宇治地方に居住していたとみられる古代豪族・栗隈氏にあやかって当て字で命名されました。栗隈氏とは土木工事の技術をもって大和政権に仕え、『日本書紀』仁徳天皇十二年十月の条に「大溝を山背の栗隈懸に掘りて田に潤く」とあります。また、またその娘栗隈黒媛娘は采女として天智天皇との間に天智七年二月「水主皇女(もひとりのひめみこ)」をもうけているとか。
以前お店のあった宇治市大久保駅前は遥か昔、久世郡栗隈郷と言い、産土神を「栗隈天神」と呼び、村にあった小学校を「栗隈小学校」と言ったそうです。また「栗隈山」は北は宇治〜南は大久保、久津川、寺田の東方を経て富野荘に至る西北数キロにわたって起伏する一連の低い山々を総称したもので南山城一帯を一望できるので「国観山:くにみやま」とも言われます。
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